第15回全国地域映像コンクール受賞作品歴代受賞作品紹介

第15回全国地域映像コンクール受賞作品

  • グランプリ
    黒谷和紙
    京都府綾部市
    選評

     この作品は800年前から作り続けられている伝統工芸「黒谷和紙」の全制作過程を克明に描いた作品である。黒谷和紙は世界で注目され今なお各方面で使われている素晴らしい伝統工芸である。原料の楮から美しい和紙が出来上がる工程は気の遠くなるような複雑で高い技術が要求される。この工程を経て完成した和紙は輝く美しさを持って誕生する。その高い芸術性は多くの画家、書道家などのアーティストに愛され続けている。生産者の和紙を作る姿から人々の和紙に対する愛着と誇りが浮かび上がってくる。多くの伝統工芸が失われていく中で黒谷町では黒谷和紙工芸研修センターを設立しその高い工芸技術を次代の若者に継承させている。また、数々のPR活動を地域と共同して実施し黒谷和紙の魅力を全国に発信している。黒谷和紙は郷土の誇りであり伝統工芸を継承させていきたいと思う黒谷町の人々の情念が強く込められた作品である。黒谷和紙は永遠に存続できる優れた芸術作品である。この作品は後世に伝統技術を伝える貴重な映像である。

    プロヂューサー 澁谷康生
    黒谷和紙
    作品時間:34分15秒 (1M)
  • 優秀賞
    富山湾 美しい湾を未来につなぐ
    富山県民生涯学習カレッジ
    選評

     沿岸漁業は山林や川が大きく関係している。ぶり、白エビ、ホタルイカに代表される富山湾の豊かな恵みや蜃気楼という不思議な気象は、富山の山々や湾が弓なり形によるところが大きい。三千メートル級の立山連峰から湾まではわずか50キロ。七つの「滝」のような川が冷たい清冽な水を湾に注ぐ。湾には浅瀬は少なく中心部は1250メートルと深い。深さ一番は駿河湾(こっちは桜エビ)で富山湾は三番、逆に東京湾は百メートル以下といった比較がきっちり盛り込まれている。富山湾は自然の恵みを与えてくれる一方、冬の日本海は大荒れ。北海道方面から押しよせる高波は湾岸地帯に被害を与えている。富山湾136キロのうち砂浜はわずか数キロしかなく、コンクリート製護岸堤防やテトラポット(波消しブロック)で守られている。景観的にはいささか無粋だが、高波の力は凄まじく、数トンのテトラポットを簡単にひっくり返し破壊する。また最近は海岸に漂着するゴミ問題も大変でボランティアが奇麗に掃除しても一ヶ月でゴミがたまるという。かつて椰子の実やボトル手紙など漂着物はのどかなものだったが、現在では環境問題として大きなテーマになっている。毎回富山が作る映像作品は科学教育的な内容を分かりやすく伝えてくれる。今回の作品も富山湾を多角的に取り上げ紹介している。それにしても富山湾から見た立山連峰は絶景だ。

    ㈱メディア開発綜研 特任研究員 菊地実
    富山湾 美しい湾を未来につなぐ
    作品時間:30分10秒 (1M)
  • 地域文化アーカイブス理事長賞
    寒水の掛踊(普及編)
    岐阜県郡上市
    選評

     寒水(かのみず)の掛踊は地区内の白山神社の例祭で行われる民俗芸能である。白山神社は全国各地に散在するが、特に郡上に多いのは、大日岳の北に白山を望むことができ、そこへの参詣路があることに由来するからであろう。美濃と越前は「越美」と呼ばれる一つの文化圏を形成していた。
     掛踊は18世紀初頭に田袋(もたい)村から寒水に移動したとあったが、田袋にも白山神社があるので同じ系列として受け継がれたのであろう。この掛踊は古(いにしえ)から続く「風流」の系譜である。有名な「谷汲踊り」(岐阜県揖斐川町旧谷汲村)を思わす太鼓踊りで、4メートルほどの竹を和紙で彩り、鳳凰の羽に見立てるなど、共通点が多い。
     寒水は90世帯ほどの部落であるが、村落上げての古式を守り続ける祭りと民俗芸能そのものに魅力がある。江戸中期からの姿をそのままに今に留めている点、谷汲に劣らぬ魅力をもつ風流である。郡上周辺にはこうして今も伝統文化が保存されていることに安堵感を覚えた。
     取材は丹念で技術力が高い。魚眼レンズもさりげなく使われていて、コメントも饒舌にならず好感が持てる。クレジットにはなかったが、おそらく高い技術力と製作能力を持つものの手になるものと思われる。

    地域文化アーカイブス理事長 高島秀之
    寒水の掛踊(普及編)
    作品時間:30分 (1M)
  • 審査員特別賞
    烈公  ~徳川斉昭の食と教育~
    茨城県日立市
    選評

     本作品は、幕末期の名君と言われる一方で気性の激しい荒々しい人物だったとの評もある水戸藩主徳川斉昭(烈公。江戸幕府最後の将軍徳川慶喜の実父)の人物像に「食」と「教育」の面から迫ろうとするものである。
     「食」では、水戸藩秘蔵の料理書「食菜録」を自ら編纂し、その中には軍用兵糧菓子、保存食であった日立市にゆかりのビスコイト(ビスケットの原型)も記されている。また、梅の花は人の心を和ませ、実は非常食、軍用食となるとの思いから、梅の植樹を命じ、諏訪梅林(日立市内にあり、烈公手植の松がある。)や偕楽園を作らせた。天保の大飢饉の際は、人工乳の開発に成功している。
     「教育」では、人材は国の礎との思いから、藩校「弘道館」を開設したが、当時全国一の規模で、総合大学に相当するものであった。また、庶民の教育機関として日立市の暇修館等の「卿校」を各地に設置した。
     専門家の語りを織り込み、具体的な事績を基に発想と行動力に富む烈公の人物像を浮き上がらせている。
     美しい梅花、梅林を背景とし、弘道館の特別開帳された「八卦堂」(建学の精神を記した石碑が収められている。)等も収録しながら、茨城の理解と観光に役立つよう制作されている。

    地域文化アーカイブス副理事長 濱田一成
    烈公  ~徳川斉昭の食と教育~
    作品時間:24分20秒 (1M)
  • 梶原拓記念奨励賞
    日吉神社のお浜下り
    福島県南相馬市
    選評

     福島県南相馬市鹿島区江垂地区の日吉神社お浜下り(おはまおり)の行事である。このお浜下りは12年に一度申年(さるどし)の4月に行われる。ご神体をおよそ5Km離れた鳥崎(とりざき)の浜辺に設けられた祭場に移動し、潮水を汲んでこれをお供えし、神様の霊力を高め地域の繁栄を願う儀式であり道中及びお旅所での各種芸能など丁寧に紹介されている。
    特に印象的なのは、途中に設けられた関所でのやり取りで、このような通行儀式はこれまで見たことがなく大変珍しい。
     「江垂の宝財踊り」は7人が各々異なった装束で踊るもので、踊りの所作というよりは、当時の風俗を表すものとして、しかも小学生低学年も含め子供が演じていることで大変興味深い。「塩崎の獅子舞」も子供7人が演じている。やはり衣装も揃えてかなり年少の子供も加わっている。「烏崎の子供手踊り」も同様に子供が演じる芸能である。
     12年に一度の祭りであるから、この子供達が次回は踊ることができないと思われ、とすると毎回踊り手への指導が必要で、この祭りを続ける為の努力は大変なものだ。
     大人の演ずる伝統芸も紹介されている。中でも「川子の鳥刺し」は周囲との掛け合いもあって面白く観衆を喜ばせる。また、神社では「弓芸」も披露されているが、こちらは年配者が中心で、この祭りは老若男女、氏子の多くが参加して伝えられていることが良く解る。

    地域文化アーカイブス事務局
    日吉神社のお浜下り
    作品時間:37分 (1M)
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